かごの中の青い鳥  
文 つっきん

名もない小さな王国の話でもいたしましょう。

その王国のお城は年中柔らかな草と優しい季節の花々につつまれた
小高い丘の上に建っていました。
まるでおとぎ話に出てきそうな王国です。

王様とお后様はたいそうお若く、おきれいな方々でした。
なにごともなく幸せだった王国と王様・お后様にうれしいできごとが訪れました。
おふたりの間に、待ちに待った王女が誕生したのです。
お姿は真珠のよう。まあるい頬はほんのり色づいた天使の珊瑚のよう。

おふたりはこれまでにない喜びを味わわれました。
そして、決して王女を不幸せにしてはならぬ
我々は全力で守らねばならぬ
王女をどこへもやってはならぬ
と、互いの血と血を交え誓い合いました。

そうして王様とお后様は王女をむやみに人の入ることができない
塔の一番上の部屋でお育てになることにしたのです。

王女は大切に大切に育てられました。
部屋はお后様が自ら選んだ品々でみごとに彩られ
美しいドレスがずらりとならべられておりました。
一番よくお似合いだったのは、淡いブルーのドレス。

王様はお付きの者達も自らお選びになり、
その者達はいかなるときも王女のそばに控えておりました。
国一番と称される各界の師も王様自らお招きになり、
その者達は立ち振る舞い・学問・ピアノなど時間の許す限り王女にお教えになりました。

ところが、王女は窓の外が気になってしかたがありません。
はめ込まれた塔の窓から外を見ると、手に届きそうな空と雲
下には色とりどりの草原が見え、ときおり楽しげな羊飼いの歌声も聞こえてきます。

「お父様、窓の向こうにあるものは何でしょう?」
これは、王様・お后様にとって困ったことでした。
王様はおっしゃいました。
「おまえにはまったく関係のないものだよ。」
お后様はおっしゃいました。
「窓の外に気を取られているようでは、王女としてならないことです。」
そうして、王女が間違っても窓を開けようと思わないように
城中の窓という窓にイバラをはわせてしまったのです。

「おまえはただここにいればよいのだ。」
「そうですとも。何も心配はいりません。
ただここにいること。それだけがあなたの幸せというものです。
いったい何が不服だというのですか?」
王様もお后様もそれならばと、王女の欲しがりそうな人形や宝石をお与えになりました。

王女はとても悲しくなりました。
その言葉は、重い重い鎖のように感じられました。
けれども、そんなことを思っては父上・母上に申し訳ない、私を愛してくださってのことと
きゅっとくちびるをちぎれるほどかみしめるのでした。

王女はみごとなまでになにごとにも「はい。」とお答えになるようになりました。
こうしていれば、なにも間違いは起きないと信じて。

ときおり、ザワザワした不吉な胸の苦しみを味わうこともありました。
ときおり、何が悲しいのか自分でもわからないのに涙が止まらなくなりました。
悲しい気持ちになる王女自身が病気なのだと思いました。
お付きの者にそのお気持ちを打ち明けても
「気のせいですよ。お気になさらず。」と顔色変えず申すだけ。

お城の生活は言われたとおりに、ただ言われたとおりに静かにこなすだけで精一杯。
つまらないわけではありません。
いいことも楽しいこともそれなりにあります。そこがややこしい。

でも、窓の外がどうなっているのかをやはりこの目で見たい。
あのときのお気持ちの灯火は、まだ心の中で小さな炎を揺らめかせ続けていたのです。
ですからそのお気持ちに対し、できる限りの無視を王女はし続けなければなりませんでした。

そんなときに鏡を見ると、ため息とともに涙がこぼれてしまうのです。
そしてふっと思ってしまうのです。
本当は、私が不器量だから…お父様達はお外へ出したくないのだわと。

誰もそんなことは申しません。
実際、王女はたいそう美しい方でした。
けれど、王女は自らにそう信じ込ませてしまったのです。

私は言われたとおりのことをやっているのに、どうして涙が止まらないのでしょう?
王女は夜になると涙が溢れるようになり、泣き疲れて眠るまで泣きはらすのでした。
そして、朝になるとただ虫のような息づかいでにこやかに微笑むのです。

さて、王国のお城の外側の話になりますが。
お城の外壁のイバラは豊かな太陽の光をあびて、
日に日にそのとげとげしい蔓を立派にさせていきました。
イバラでおおい尽くされたお城はたいそう恐ろしく、むやみに近づく者はいなくなりました。
人々の間には王女は大変な病にかかっているのだと噂が立ちました。
いやいや、お城は大変な魔物に取り憑かれてしまったのだと噂が立ちました。
今や、お城からは何も聞こえてきません。
聞こえてくるのは悪いうわさと、ここで暮らす人々の不平不満ばかり。

それをどうしてとなりの国が聞き逃すでしょう!

この王国はもはや穴だらけの布でおおわれているだけのようなもの。
王国の様子を知ることは、となりの国にとってもはや造作もないことでした。
この王国を手中に収めるにはまたとないチャンス。

すぐさま大臣達が集められ、いくさのための会議が開かれました。

「王国の民を救うべく!」

あれよあれよという間に民をも巻き込み軍列はふくらみ、
王国をしっかり取り囲むのにたいした時間はかかりませんでした。

王国は…
できるだけのことを試みましたが
もはや、城の大臣も召使いも闇にうずまく雲にもてあそばれているかのよう。

お城の中をバタバタ走り回ったり
お城の門を開けたり閉めたり、出たり入ったり
どこぞかまわず、鉄砲・大砲ばんばか鳴らしてみたり

それがいったい何になりましょう!

王女は塔の部屋でじっとしたまま、階下の様子を野放しにしておりました。
響き渡る足音、いくつもの悲鳴と血の匂い。
やがて、ゴーーーッという火の暴れくるう音とこげくさい匂い。

とつぜん王女はくちびるをぎゅっとかみしめて、くっと立ち上がると
いったいどこにそんな力が残っていたのでしょう。
部屋の入り口を机や本棚などでしっかりふさいでしまうと
一番お似合いのブルーのドレスを手に取り、自らお着替えになりました。

そして…
力いっぱい窓をたたき壊そうとなさいました。
ガラスが砕け散り、イバラはきしきしと抵抗し、王女の腕を無惨に切り刻みました。
それでも王女は、あきらめることなく窓を、イバラをむしりとり、
ようやくできたイバラのすき間から我が身を投じたのでした。
もはや身が刻まれることなどおかまいなし。
せめてもの身代わりのつもりでしょうか。
王女が身につけていた宝石たちは、我が身をイバラのえじきとし、
トゲやとぐろを巻く蔓を道連れに、あたりに飛び散りました。

おどろいたのは、となりの国の兵士達。
はじめはお城の塔から、一羽の青い鳥が飛び出してきたかのように見えたのですが
いいえ、
それは破れかぶれのブルーのドレスをまとった娘だったのですから。

地面に向かって落ちてくる娘を勇気あるひとりの兵士が追いました。
そして、間一髪のところでしっかりとその両腕に受け止めたのでした。

傷だらけのこの娘を、だれが王女だと思ったでしょう!
誰も知らなくて当然です。
王女はこれまでどこの誰にも会わせてはもらえなかったのですから。

となりの国の王様は、その兵士にほうびとして娘をあたえることにしました。

名もない小さな王国は、あっという間に滅び、となりの国のものになりました。
王様もお后様も、たくさんの家来達も
お城の中ですっかり灰になってしまったのでしょう。

生き残った王女は、兵士の妻になりました。
兵士はもともと農夫でしたから
王女はのら仕事も覚え、朝から晩まで働きました。

みみずにおどろき、
クワの重さによろめき
顔じゅう 汗と土まみれ
「食事だよ!」と夫に呼びかけるには
畑の広さにみあった声を出さねばならない日々のおかげで
ずいぶん大きな声で話し、お笑いになるようになりました。

こうして王女は、普通の民として幸せに暮らしました。
もちろん、幸せだなんてわざわざ思う日が年中あるわけではありません。
楽しいことというものはたやすく手に入るようにはできておりませんし、
往々にして当たり前のように知らん顔で通り過ぎてしまうもの。

むしろ日常は、腹を立てたり、落ち込んだり、怒鳴ったり、涙を流したり。
次から次と欲しくもないできごとを遠慮なしに連れてくる。
ありきたりの生活とは、そういうものではございませんか?

王女は農夫の妻として、いつの間にかでっぷりとしたからだを揺さぶりながら
生涯土にまみれ、多くの子供や孫達とにぎやかに存分にお過ごしになったのです。

「あたしゃ、これでも昔は王女だったのさ。」
「まぁた、ばあちゃんのありもしない昔話がはじまったーい。
あわれなお姫様の話なんかまっぴらだーい。」

名もない小さな王国の話はそろそろ終わり。

さて。
かつてお城の塔のあったところには、朽ち果てた外壁がわずかに残っているばかり。
その内側にきれいな花々が、
王女がかつてここで流した血と涙を葬るかのように咲いています。
空を見上げれば
ペロリと舌を出してる 青い鳥。


*おしまい*
©tukkin 2005.5.30


BGM*波*

Verdant place みどりの素材屋さん♪

おはなしTOPへ

つっきんの童話屋さん
゜*.★・*.゜☆