あやと鬼の物語 

文 つっきん



あやはおそらく6つになる女の子だ。

大きな鬼と山奥の洞窟に住んでいる。

あやの記憶は3歳の時のまっ赤な火の海から始まる。
まっ赤な火の海にのまれそうになってたその時だ。
突然火の中から鬼が現れ…。

気がつけばこの洞窟で、あたたかい布団にくるまれており、
そばには見たこともない鬼がいたというわけだ。

「おっとう…、おっかぁ…。」
あやは、声をあげて泣いた。

やがて…村はまっ黒に焼けこげてしまったことを知った。
がげの上からその黒い大きな焦げあとを見つけたから。
そして、おそらく誰もここには迎えになど来ないことも。
だって、人がここに足を踏み入れた形跡は
どこにも見あたらないから。

あやは自分は鬼に囚われたのだと思った。
いつかは食べられてしまう。
そうして自分のその身の上をたいそう哀れに思って泣いた。

鬼はいつも朝方出かけ、夕方に帰ってくる。
だまって飯の準備をし、
あやの方をギロリと見る。
小さな木のお椀に、あたたかい汁などがよそられている。
あやはドキドキしながら布団から這い出てその飯を食べる。
けっして鬼と目が合わないようにきゅうっと下を向いたまま。

鬼は決してなにも言わなかった。

洞窟はいつもあたたかかったが、
春が来て夏が来て、秋が来て冬が来るという
とてもスムーズで完璧な流れを3度見た。

その間も鬼と口をきいたことは一度もない。
あや自身も
「おっとう、おっかあ、あや、みっつ、ありがとう」しか
言葉を知らなかったから、何をどう言えばよいのか
さっぱりわからなかったのだ。

ときどき、
目が覚めると枕元にでんでん太鼓や人形、
真新しい着物がそっとおかれている。
鬼があやを食べる気なのかどうか、わからなくなってしまう。
ただ、いつだって鬼は怖い顔をしていて、
いつまでもあやが囚われの身であることには変わりはなさそうだった。

あやは鬼が出かけてしまうと、
そっとでんでん太鼓や人形を手にとって遊ぶ。
真新しい着物はあやの心臓をドキドキさせ、恥ずかしくもさせた。
その時間だけは鬼のことは忘れて、いつまでも続いて欲しいと思った。

やがて、
あやはふと思い立って洞窟の掃除や洗濯をするようになった。
洞窟の入り口にちょうどよい高さの木を2本見つけ
拾ってきた竹をその枝から枝へ渡すと、
りっぱな物干しができた。

ふかふかの毛皮を干し、
あやの着物や鬼の汗まみれの手ぬぐいなどを、
洞窟の先にある小川で洗う。
最初の頃は大変だった。
なぜなら、大きな竹かごに洗濯物が山積みだったから。

それに気づいているのかいないのか、
鬼はなんにも言わなかった。
あやにとってもどちらでもいいことだった。
鬼の声を聴くのはおそろしい…。

ある日のこと、
鬼が出かけていったのを見て、
いつものようにあやは川へ洗濯にでかけた。

川の水でじゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ洗濯をしていると、
心の中が空っぽになって、すっきりする。

「ふぅぅ」
額の汗を拭っていたら、
となりにぬっと鬼が現れた。
あやはひゅっと身をすくめた。

ところが
鬼は洗ったばかりの洗濯物が入ったかごの背負いひもを右手で持ち、
左手でかごの腹を手前にぐるんぐるん回しはじめた。
そうして右手を高々とかざすと、

ぐぅるぐるぐるぐるぐる

とかごは勢いよく回り、水しぶきがかごの編み目から
キラキラ輝きながらしゅーしゅー飛んだ。

あやはうわぁ、っと目を見開いて水しぶきをながめた。
そして鬼の様子をみて、
あんぐり口があいたまま、ふさがらなくなった。

鬼も目尻を下げて、ニ・カッと笑って楽しそう!

口をあんぐり開けたままのあやを見て
鬼はまた目尻をさげて「ぐっぐっ」と低く笑った。
そして竹かごをあやにぬっと手渡すと、
またどこかへ出かけていった。

竹かごの中の洗濯物は、半分かわいていた。

その夕方、
鬼は帰ってきてどっかと座ると飯のしたくを始めた。
たくさんの野菜が石の包丁でトントン刻まれていく。

あやは手伝おうと思って近づいた。
鬼はちらりとあやを見て野菜をなべに入れるように指さした。

野菜が煮える間、
あやは人形を腕に抱きかかえて、頭をなでた。
そして鬼の方を見て「ありがとう。」と言った。

鬼はだまったままだった。

そのとき、あやははじめて鬼をまじまじと見た。
大きな両方の耳の穴から、それぞれ小枝がのぞいていた。

あやは自分の両耳をとんとんと叩いてみた。
すると、鬼も真似してとんとん…ん?
どうやらチクチク小枝が手のひらを刺したらしい。
指先でちゅっとつまむと、小枝をふんっと引き抜いた。

ずぼっ。バラバラバラ。

両方の耳から土のような耳あかがわんさと出た。

そのとき、洞窟の入り口からごうっと音を立てて入ってきた風が、
いろりの火をぶわっとあおり、なべを一気にゴトゴト煮立てた。
鬼はうぉぉぉと叫んで耳を手で押さえながら、
目を白黒させながら、
ごそごそっとなにやらだしてきたかと思うとそいつを耳にすっぽとはめた。

大きな耳栓!

あはあは、あはははは。
あやは、ケタケタとお腹を抱えて笑ってしまった。

鬼もつられて、頭をかきかき笑っていた。

あやは、鬼のことがひとつわかった。
鬼は大きな音が大嫌いだということが。

あやは、だんだん鬼に近づいていけるようになった。
そのたびに、ひとつずつ鬼のことがわかってきた。

向こうの山に大きな畑を持っていることや、
ときどき人間のかっこうをして野菜を売りに行っていることや、
犬より猫の方が好きらしいことや、
ピーマンはきらいらしいということも。

ふたりをつなぐ言葉は「ありがとう。」のひとことだけ。

ありがとう。

ありがとう。

いたずらをしても、ありがとう。
お皿をこわしてしまっても、ありがとう。
耳栓をひっこぬいても、ありがとう。

ずいぶんとんちんかんなことだけど、
ふたりにとっては、いたって大まじめなのだった。

おかげさまで、二人の生活は続いていったさ。

それからいつまでも、いつまでも、続いていったんだ。

あやが熱をだして、鬼が医者を連れてきたこともあれば、
(そのときの医者の泣きそうな顔と言ったら!)
鬼が犬に追いかけられて足を骨折したこともあり、

泣いたり、笑ったり、怒ったり、ふてくされたり。


それから、それ以上のいつまでも。


あやの髪がまっ白になって…

鬼の腕の中でひっそりと息を引き取り…

そのまま鬼もやがてながい眠りについて…

洞窟の入り口がいつしか土でふさがって…

その上を雪がおおいかぶさって…

やがてすべてが土に還り…

その洞窟があったところには
大きな木と小さな花が仲良くたたずんでいるだけになった。


それくらい いつまでも。

*おしまい*

(C)Tukkin/Kiyoko Kishino 2006.2.4
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