直線上に配置
チョコレートケーキ
文 つっきん

くろねこさんは ふかいふかい悲しみの中にうずくまっていました。
まるでまっくろな風船の中とじこめられて 宙にうかんでいるかのように、
ただぼんやりと、悲しみの中でうずくまっていました。

なぜなら
くろねこさんのちいさなぼうやがとつぜんのびょうきで死んでしまったから。
ぼうやのちいさな目は 何度呼びかけても開くことなく
ぼうやのちいさな足は どんなにさすりつづけても
・・・二度と立ち上がることはなかったのです。

くろねこさんは、ただぼんやりと、悲しみの中にうずくまったままでした。
まるでまっくろな風船の中に閉じこめられ宙にうかんでいるかの・・・ように。

街じゅうが くろねこさんの悲しみの深さに心をいためました。
「くろねこさん、あんなにあの子をかわいがっていたのに。」
「ほんとうに・・・なんてお気の毒」
まるでそれがあいさつであるかのように、ひそひそささやきあっても
だれひとり、たとえば くろねこさんとどんなに仲がよくても
いや、仲がよいからこそかもしれませんが、
くろねこさんに 声をかけることが できません。
なにを言ってあげればよいか、わからないほど
なにをしてあげればよいか わからないほど
くろねこさんの悲しみのふかさに 足がすくみ
くろねこさんから 思わず目をそらせ、
くろねこさんが ばかなことを考えなければいいなと そっと願いながら
だれもが ただ だまって 時が過ぎるのを待つしかなかったのです。

「どぉれ どれ。なんだか ずいぶん しめっぽいね。」
そうつぶやいて どっこらしょっと立ち上がったのは、
この街いちばんのお菓子づくり名人 とらねこさんでした。
「どぉれ、ちょっと でかけるとしよう。」
とらねこさんがでかけていったのは、くろねこさんのところでした。
「どぉれ、どれどれ、こんにちは。」
くろねこさんは なんにも いいません。
ただ そのまるまった せなかは
「ほうっておいてくださいな。」ときっぱり言っていました。
とらねこさんは おかまいなしに
くろねこさんの まあるい あたまに
やさしく やさしく手をのせて、どこまでもやさしく なでました。

「どぉれ どれ、ひとまずうちへ いこうかね。」
くろねこさんは つられるように こっくり うなずいて
とらねこさんに つれられて とらねこさんのうちへ いきました。

とらねこさんは
まあるいテーブルのまるいイスにくろねこさんをこしかけさせ
銀色のまあるいおさらに あたたかいミルクをそそいで
「まあ、すこしくらい飲みなさい。」と
くろねこさんのせなかをそっとなでてながら きっぱりいいました。

くろねこさんは「とても 飲めない」と思いましたが
とらねこさんに もうしわけないような気がしてきて
ほんのひとくち 飲みました。

あたたかいミルクがのどをとおったとき
くろねこさんは
「あたたかい」と感じたことに なぜかとてもおどろいて
ちょっぴり「うれしい」と思ったことが とても不思議でした。
たまらず こくこくとミルクを飲んでいるうちに
悲しいのやら うれしいのやら くやしいのやら
こころのなかが キーキーひめいを あげはじめました。

とらねこさんは、そっとひとこと 
「どぉれ どれ。そろそろ泣いてもいいころさ。
からだじゅうの 悲しみを 涙が ながしてくれるだろ。」
じつに やさしく いいました。

ポンッとスイッチをいれられたおもちゃのように
くろねこさんの目から 涙がぽたぽた落ちはじめました。

涙は だんだんはげしくなってきて
くろねこさんはたまらず みゃーみゃー声をあげて泣きました。

涙といっしょに ぼうやと過ごした日々が、ぼうやのかわいらしいかおが
つぎからつぎへと あふれてきて
そこらじゅう水びたしになりそうなほど あふれてきて 
とらねこさんは 「どぉれ どれ」と
キッチンのボールでくろねこさんのほほをつたうしずくをうけとめました。

くろねこさんは こぼれ落ちる涙を「あたたかい」と思いました。
まるで涙といっしょにあふれてくるぼうやのえがおが
くろねこさんをほんわり包んでくれているかのように。
それはそれで、とても切ないことではありましたが・・・。

やがて
とらねこさんのキッチンからとてもいい匂いがしてきました。
バターの香り、チョコレートの香りがおりかさなったあまくこうばしい香りです。
「どぉれ どれ。そろそろ焼けるころだろね。」

とらねこさんは勝手口から通りに出て
「カラン カラン」と小さな鐘をならしました。
「どぉれ どぉれ。とくべつのケーキが焼けたよ!食べたい人はいらっしゃい!」
「とらねこさん、いい匂いだねぇ。」
「ほんと ほんと おいしそうな匂い。」

「さ、えんりょは いらない。おはいり。」
とらねこさんの声にせなかをおされ、いいにおいにおいでおいでをされ
ねこもしゃくしも
・・・近所の犬やら、ねこやら、ねずみやら、とりやら、虫やら、子供やら
声をそろえて
「おじゃましまーす!」

みんなは いっしゅん きんちょうしました。
とらねこさんの キッチンに くろねこさんが いたからです。
そして しずかにしずかに おちゃをいれる くろねこさん。
目の前には とてもおいしそうな つやつやのチョコレートケーキ。

「どぉれ、どれ。ああ いいおちゃだね。くろねこさんも おすわり。」

とらねこさんは そしらぬ顔で ケーキをきりわけ
「さぁ、めしあがれ。」

フォークでひとくち。
「わぁ・・・」
さらに ひとくち。
「からだに じんわり しみこんでくるような。」
そして ひとくち。
「なんだか むねが きゅぅぅんと するような。」
もう ひとくち。
「ちょっぴり 苦くて・・・でもこんなやさしい味のチョコレートケーキは
生まれてはじめて!」
「おいしーーーい!」

とらねこさんは ふふふと笑っていいました。
「このケーキはね、くろねこさんの涙をたっぷりねりこんで作ったんだよ。
みんなで 悲しみをこうしてわかちあおうと思ってね。
大きな悲しみも みんなでわけあえるんじゃないかってね。
それに
ほんとうの悲しみを知ったものは ほんとうにやさしい心の持ち主になれるのさ。
こころの痛みがわかるからね。もう ひときれずつ どうだい?」

「はぁい。いただきまーす!」
みんな もうひときれずついただいて・・・
おなか いっぱいの ほっこり笑顔になりました。
「ほんとに ごちそうさまでした。」
「くろねこさんにも あえたしね。」
「くろねこさん、はやく元気になれるといいね。」
「みんなで またこうして わかちあおうよ。」
「とらねこさん、どう?」

「やれやれ、みんな食いしん坊だねぇ。」
そういいながら とらねこさんは うん と うなずき、くろねこさんに いいました。
「どぉれ どうだい? あしたも いっしょにケーキを焼いてみないかい?
このあたしが びしびし しごいてあげるから。」

くろねこさんは また泣きました。
とらねこさんに びしびししごかれるのがこわかったのではありません。
・・・それは うれしすぎて あふれた うれし涙です。

今日も また。
とらねこさんのおうちから いい匂いがしてきます。
今日は えがおが 生まれるしゅんかんの あまずっぱい かおりです。

まもなく 聞こえてきますよ。
「カラン、カラン」と鐘の音。
それから とらねこさんの元気な声。
「どぉれ、どれ。ああ、いいぐあい。
この あんずケーキは じょうできだよ、くろねこさん。」

*おしまい*
©tukkin 2003.9

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