曲がり角 〜パーフェクト・ギフト〜

            文 つっきん


 曲がり角を健太は勢いよく曲がろうとした。
それが話の始まり。

曲がり角を曲がろうとして、健太はネコの足を思いっきり踏んだ。
ネコが「ぎゃっ」と叫び、健太もびっくりして思わずうしろへ ひっくり返った。
どしっ、しりもち…あんまり痛かったものだから、おしりをさすろうと手を伸ばす。
…なんで?

【なぞ1】 健太の手は おしりに届かない。
【なぞ2】  健太の目の前に、健太の靴を履いた 2本の足。
【なぞ3】  健太の靴を履いたまま、その足はくるりと向きを変えて 逃げていく。
【なぞ4】 逃げていくのは、健太の体!?
おいおい、なんてことだい。ぼくはここだよ… 健太は必死に追いかけた。追いかけながら気がついた。
【なぞ5】 ぼく(健太)は 四つんばいで走ってる!
…ショーウィンドウに写ったぼくの姿は、あいつ(あのネコ)だった。
これは一体どういうこと?  ぼくとあいつの体が入れ替わってしまったということ? 
心が入れ替わってしまったということ?  そんなことがあっていいのか?  
そんなばかな、ばかな、ばかな…? ぼくの頭の中で「ばかな」がこだまする。
 足は…どう見ても、ネコの小さな細い足は、自然と家に向かった。
 玄関の戸が開いている。中へ入っていくと母さんの悲鳴。
「きゃぁ、健太!なんてことするの!どうしちゃったの!
用もないのに魚屋へ入っていって魚を盗ろうとするし、母さんびっくりだったわよ!
それに口もききやしないでつんつんして。何か言ってごらんなさいよ!宿題はやったの!」
  ぼくの口から思わず声がもれた。
「ニャァ」 …母さん、そいつはぼくの姿をしたネコだよ…と 言ったつもりだ。
母さんは びくっとこっちを見て
「ぎゃぁ!、ネコ!しっしっ」
母さんはネコが大嫌い。興奮しすぎたらしい。そのまま気を失ってしまった。
 
  あいつにネコ語で指示しながら、とりあえず母さんをソファーへ寝かせた。

「ニャニャニャニャニャ?(いったい 何があったのさ)」
「あたくしは その…トイレに行きたかったのよ。
ちょうどいい場所があったからそこで済ませただけ。何なのよ、あなたのお母さんって。」
「ニャニャ?(どこにしたのさ?)」
「…今日の新聞 とやらによ。」
…そりゃ、怒るだろ…
  このままって訳にはいかない。今がチャンス。
健太はネコに足を踏んづけてもらったり、お互い体当たりしてみたり…。
 ネコのやろう、思いっきり足を踏みつけやがったな…自分の体に向かって手加減したらどうなんだよっ。
「うー…ん」
 やばっ、母さんが目を覚ましちまう。
ぼくはさっさと逃げ出した。なんで、自分のうちから逃げ出さなくちゃならないんだ?と無性に腹が立ちながら。
ネコめ、うまくやってくれよ、頼むよ…。

「フッ」
ネコはにんまり笑った。
「あたくしは、今日から人間よ。食べ物の心配なんかしなくていいんだわ…。」

 その日の夕食は、温かいシチューに、パン。なんておいそうなんでしょう!
ペロペロ、ペロペロ…あぁ!おいしい! そのとたん、怒鳴り声が飛んだ。
「健太!なんてお行儀なの!」
  しかたない、そばにあったスプーンを手に持ってみる。
口へ届く前に、ぽたぽたとスプーンの中は空っぽ。いらいらしちゃう!
「まったく、健太はどうしちゃったの!」
 あの子の母さんったら、すごい顔してあたくしをにらんだの。涙を浮かべながらね。
…はぁ、人間って、かなり面倒だわ。
 今日一日バカ呼ばわりされて、ようやく静かな夜を迎えた。ちっとも眠れない。
 静かに考えてみると、あの子の母さんを悲しませてしまったんだわ。
 あたくしは、あの子の母さんの布団にそっともぐりこんで、手を握ってみた。あたたかい…。
もう少し 人間らしくやってみよう。しかたがないもの…。

 こちらは、ネコになってしまった健太。
…あ、祐介だ。隠れなきゃ。って、なんでぼくが逃げなきゃならないんだ?
人目を避けて、ひゅっと裏道に逃げ込んでも、よくこんなところへ入り込めたもんだと驚いてしまう。
 黒い鋭い目つきのネコと目があった。毛を逆立てている。人間だとばれたか?
「フー、出て行けー!ここは俺様のなわばりだ」
そんなの知るかよ!
 ぼくはまた逃げた。逃げて逃げて、河原の橋の下で途方に暮れた。
 腹は減ってきたけど、何を食べたらいいんだ?ネコはねずみか?冗談じゃない。
魚屋から魚を盗むか?…できるわけない!
…冗談じゃない。こんなのは嘘だ。
寒い…あそこの段ボールに入って眠ろう。

  朝を迎えた。ぼくの姿はネコのままだけど少しこの体に慣れてきた気がする。
何とかしなくちゃ。これはぼくの体じゃない。ぼくの体に戻らなくちゃ。
その間だけ、ネコになりきるしか…それしかない。ぼくは、あきらめた。
食堂のゴミバケツの中をあさり、腹ごしらえだ。ええいっ。
がむしゃらに食べると、何とかなるもんだ。
 さて、どうする?ひとまずうちの様子を見に行こう。健太は家に向かって走り出した。

  ネコはネコで、死にものぐるいだった。洋服を着るって!?もう、なんだかわからないことだらけ。
学校へ行けですって!?なんのために?
 重いランドセルを背負うのは抵抗があったけど、この体はちっとも平気らしくて、らくらく背負えた。
 鏡に映った姿は、ネコを悲しませた。
…これが、あたくし? なんてぶかっこうなんでしょ?カタツムリの方がまだましじゃなくって?
  母さんに追い立てられるように、学校へ向かった。
…人間ってネコも人間も同じように追い立てるものなのね。まったく下品だわ。

健太とネコ。体が入れ替わったまま、運命の場所へさしかかった。あの、曲がり角。

健太は見た。
ランドセルを背負った自分の体が曲がり角を曲がるのを。思わず全速力で追いかけた。
「キキーッ、ドン!」
鋭い金属音と鈍い音がこだました。

健太は見た。地面にたたきつけられたネコの体と、わなわなと震えている健太自身の姿を。
ぼくは、一体どこから見ている? 一瞬だった。疑問を感じたのは。
すっと意識が元の体、健太自身の体に戻った。 
そして目の前にはっきりとシャボン玉のようなものがふわふわと浮かんでいる。
…ネコの、たましいだ。これが、たましいなんだ。
健太は本能的に感じ取った。

「あんた、よかったわね。自分の体にもどれてさ。」
ネコのたましいがそう話しかけてきた。
「…ごめん…」
何も言えなくなった健太に、ネコは言った。
「あたくしは死んだわけじゃない。あんたには見えているんでしょ?
そのうち あたくしにピッタリの体が見つかれば生まれ変わるのよ、きっと。
いいから早いとこ、ふーっと一息で吹きとばしちゃってくださらない?
死んでいる姿は、見るに耐えかねるわ…。」

  健太は、ネコのたましいを ふーっとできるだけ遠くへと吹き飛ばしてやった。
本当に生まれ変わって来いよと願いながら。

  地面に転がったネコの死体を見た。不思議と涙が出なかった。
ただ…死体は蝉の抜けがらのように見えた。
だって、本当にたましいはすっと出ていってしまったのだから、抜けがらに違いない。

 健太は、その死体を抱き上げ、裏山の土へ返した。
この体に、自分もいたんだな…そう思ったとき、はじめて つっとあたたかい涙が一筋、健太の目からこぼれた。
 しばらくの間その場にうずくまって祈りを捧げ、ゆっくりと立ち上がった。

…さぁ、帰ろう。うちへ帰ろう。

                                        ©tukkin 2001.1

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