鬼と どこ吹く風
文 つっきん


 人里をちょいと離れた森に、鬼が住んでおりました。
皮の腰巻きを巻いた体は、大人の男の二人分ほども背丈がありました。
鬼は畑を上手に耕して、ひっそり暮らしておりました。
村人も森に鬼が住んでいることは知っていましたが、畑の手入れをし、時々
「すまんが、米を分けてくれ。」 というと、
「ええぞー、持っていけー。」
と快く分けてくれる鬼を追い出すことはありませんでした。
  ひゅーるり、ひゅー
「鬼どん、今日もいい天気だのー。」
風がそういいながら、鬼の体をくすぐると
「はっはっ。どこ吹く風よぉ、おまえは本当に気楽でええのぉ。」
そう、鬼とどこ吹く風はとても仲がよいのでした。
「そういえば、鬼どん。村に病気の子供がおる。高い熱が続いて、死にかけとるぞ。」
「はーん、そうか…。」
鬼は皮の腰巻きから笛を取り出しやさしい音色で吹きますと、
なかなか手に入らん高価な薬が出てきたのです。
「この薬と、畑のカボチャでも届けてやってくれ。」
「よしきたっ。」
ひゅーるりひゅーんと、どこ吹く風はその家へひとっとび。
軒先へそっと薬とカボチャを置き、そっと息をひそめて見ておりますと
家の人はたいそうびっくりして
「あぁ、なんとありがたい、ありがたい。神様仏様、ありがとうございます…。」
「ちっ」
 鬼のところへ戻ったどこ吹く風は
「まったく、人間どもは神様や仏さんばっかりにありがたい、ありがたいだとよ。鬼どん悔しいのぉ。」
鬼は、確かにちょっぴり悔しいと思いましたが、
どこ吹く風はもうそんなことはけろりと忘れて、ひゅーるり、ひゅーるり踊っておりますので
「まぁ、いいか…」 と思うのでした。

ところが、その様子をものかげからじっと見ていた男がおりました。
「ははぁん、こりゃ いいや。あの笛が手に入れば、おれさまは大金持ち。」
鬼が寝静まり、風も吹くのをやめた真夜中に、
男はそっと 鬼のねぐらに忍び込み、 皮の腰巻きから鬼の大事な笛を抜き取ったのでした。
翌朝、鬼が目を覚ますと、いつも腰巻きに入れてあるはずの笛がありません。
鬼はすっかりあわてふためいて、必死にあちらこちらを探し回りました。
いろりの中、つぼの中、
森の木の陰、畑の畦に 秘密の穴…
思いつくところは全部探してみましたが、どこにもありません。
そこへどこ吹く風がひゅーるりやってきて、鬼の話を聞いてびっくり。
さっそく村へと吹きおりて様子を探っていると、いた、いた…
ひとりの目つきの鋭い男が、笛を吹いてはいろいろな物を出し、それを高く売って金儲けをしていたのです。
どこ吹く風は、すぐさま鬼に伝えました。
鬼はからだをぶるぶるぶるぶるふるわせて怒りました。
どしんどしんと、足音も激しく村へおりていき、その男に体当たりを食わせるやいなや、
笛をぶんどり、笛から出てきた物をみんなたたき壊してしまったのです。
村人たちは、みな口々に言いました。
「鬼じゃ、やっぱりただの鬼じゃ。こんなに暴れおって、なんとけしからん!」
鬼がどんなに「自分の笛だ」と言っても、誰も信じてはくれませんでした。

鬼とどこ吹く風の姿は、いつしか森から消えました。
同時に、村人たちが困ったときにそっと現れた不思議な贈り物は二度とありませんでした。
ある日、村のひとりの少年が、森の奥の鬼が住んでいた場所へ行ってみますと、
すっかり荒れ果てた畑のそばに、あの笛がおいてありました。
少年が笛を手に取り、吹いてみると、何とももの悲しい音が鳴り響くのでした。
「ああ、そうか…。」
少年にはわかりました。 病気の子供に薬をあげたり、食べ物を与えてくれたのは、いつもあの鬼だったのだと。

鬼とどこ吹く風。  どこかできっと暮らしているのでしょう。
そう、ひっそりと月夜を見上げながら。
 そして鬼のそばで、どこ吹く風がひゅーるりおどけながら、
見聞きしてきたことを鬼に話して聞かせているのかもしれません。

©tukkin 2000.11

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