シュウ
文 つっきん


 「とうとう見つけた、あぁ、このにおいだ。ここに住んでいたんだ ろくさんは。」
大岩山の ある洞窟で、一匹の犬がつぶやきました。
 洞窟の中には、囲炉裏もあり、まちがいようもありません。
 入り口の方で、がさがさと音がしたので、犬はとっさに奥にあった大きな籠に身を隠しました。
「どっこらしょ…」
 前かがみで入ってきたのは、もじゃもじゃの頭に、2本の角、とてつもなく大きな体。
「鬼だ!」
 犬は、小さな隙間を見つけ、鬼に気づかれないように そっと洞窟を抜け出しました。
あとは自分のすみかまで一目散に走りました。
 犬の名前は、シュウ。鼻だけはすこぶるいい、茶色の犬です。
そう、シュウはろくを探しているのに、ろくの姿を知らないのです。

 なぜなら かつて、シュウはひどい目の病で、何も見えなかったから。

 いつも目やにがべったりとはりついて、傷だらけで、目やにと膿んだ傷からのにおいは相当なものでした。
だれからも嫌われ、相手にもされず、このまま死んでしまおうと思っていたシュウ…
 くらく、かなしくふらふらと歩いていたとき、どん!
もしゃもしゃと温かい・・・なんだろう? 思わず体をすりよせると、
「なんだぁ? くすぐったいなぁ。」
と、頭のはるか上のほうから太い声がします。
 シュウは顔を上げました。
「これは ひどい。おまえ、目が 見えないのか。」
 声の主は、名前を ろく と いいました。
 ろくは、シュウの目をきれいに洗い、傷の手当てをしてくれました。
一晩で シュウの目はまたべったりと目やにではりついてくるので、毎日毎日ろくはきれいにふいてくれました。
体の傷もすっかり治って、シュウは丈夫になりました。
 二人はいつも一緒。
 出かけるとき、シュウはろくさんの右足のにおいをしっかりかぎ分けて、
いつも右側を歩いていました。

 そういえば、ろくさんと一緒にいる間、けがなどしなかったな。
 石ころや小枝につまづくこともなかった。
 「コーン、コーン」
 ろくさんが、右足で よけて歩いてくれたから。
 …やっぱり、あの鬼が、ろくさんだろうか。

 ある日、ろくはシュウにいいました。
「おまえの目を治せるかもしれん。
満月の夜、七つの山を越えたところにある湖の水で目を洗うと、たちまちよくなるそうだ。
これから出かければ、ちょうど満月の夜に湖へつくから、行ってくる。
いいか、ここで じっと 待っているんだぞ。」
 シュウはじっと待ちました。
 3日後、ろくは帰ってきました。
「ごめんよ。水を入れたつぼを うっかり落としてしまった。」
 そうして、目やにが3日分べったりはりついたシュウの目を、きれいに洗ってくれました。
 さらにひと月がたち、ろくはいいました。
「今度こそ、水を汲んでくる。」
 シュウは再び待ちました。ろくの帰りをただ じっと。
 4日後、シュウの頭の上から ろくの声がしました。
「さ、この水で目を洗うんだ、おまえひとりで。」
 シュウは、何度も何度も、目を洗いました。
 夢中で目を洗いました。
 やっとのことで、目やにを洗い流し、ゆっくりと目を開いたとき
 ろくの姿はありませんでした。

「ろくさんが 鬼だなんて。」
 シュウはうろたえていました。
 ろくに会えたら、また楽しく暮らせる…そう思っていた自分がバカバカしく思えました。
「鬼だなんて。もう、忘れよう。」

 シュウは与平という猟師に飼われることになりました。
シュウはよく働きました。
 シュウのいい鼻のおかげで、与平は村で一番の猟師といわれるようになりました。
 村人たちが与平のところへやってきて、いいました。
「大岩山に鬼が住んどるっちゅうて、だれも寄りつかん。あそこはいいきのこや薬草がたくさんとれる、大事な山じゃ。
あんたなら、退治できるじゃろう。どうじゃ、やってくれんか。」
「よし、わかった。シュウ、ついてこい!」

 シュウは鼻をくんくんさせながら、与平の前を歩きます。
懐かしい ろくのにおいがだんだん強くなるにつれ、シュウは胸が苦しくなってきました。

「お、いたぞ! 鬼だ!」
 岩のむこうに、ろくの姿が見えます。
 ろくは洞窟の前で、木の実の皮をむいているところです。
「シュウ、行け!」
 シュウは ろくの前に踊り出て、毛を逆立てました。
「うぅー、うわん、うわん!」
 ろくがゆっくり顔を上げ、
「…シュウか…?」
と うれしそうにたちあがろうとしたとき、
「ドン!」
 与平の銃が火を吹くのと、シュウがろくに体当たりするのと同時でした。
 シュウのわき腹から血が溢れ出しました。
「シュウ!」
 ろくはシュウをしっかり受け止めると、
「わぁぁぁ!」
 与平は、ただただおどろいて、逃げ出しました。

「おまえが、わしを助けてくれるなんて…。」
 ろくは、シュウの傷の手当てをしながら おいおい泣きました。
「わしは、最初、水の入ったつぼをわざと落としたというのに!。
おまえが、わしのもとから去ってしまうのがこわくて。」
「…でも、ろくさんは水を汲んできてくれた。
ろくさんの言うとおり、鬼だと知ったときは くやしかった。」
「なぜ、助けた?」
「においは、うそをつかないんだ・・・会えて…」

 シュウの体を一筋の月の光がつつみました。

 洞窟の入り口に散らばっていた木の実から、次々と芽が息吹き、
夜があけるころには、深く 静かな森が広がっていました。
 
 
                           ©tukkin1999
 

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