忘れた頃に
文 つっきん


警察からの電話だった。

それだけで 頭からさっと血の気の引くほどのおどろきだ。
そのうえ ズバッと優子あてにかかってきた。

内容は
「以前、盗難届のでていたあなたの自転車が見つかりました。」

以前って・・・
もう12年も前のことだ。
まだ、15歳。中学生の頃のことだ。

そう。
塾の帰りだった。
なかったのだ。
とめたはずの場所に。
あるべき、優子の赤い自転車。

ぼうぜん とした。
鼓動がイヤな感じでスピードを上げ
目の前は、まっ白なような 真っ黒なような。
いきなり何かで頭をガツンッとぶたれた・・・そんな気分だった。

サイアク・・・

何も考えず、ただ街中を捜しまわり
捜しまわり捜しまわり捜しまわり

腹だたしさも消えうせるほどくたくたになって、
帰宅したのだった。

<あのとき>が ぶわっと甦ってきた。

「どうされます?」

電話の声が聞いている。
向こうも困惑しているようだ。
自転車は、もとは赤い自転車であったことがかろうじてわかるほどの傷みようだし、
自転車が見つかった場所とこことは
・・・100キロほど離れた他県の、優子が行ったこともない町なのだから。

「あの・・・取りにうかがいます。ありがとうございました。」

優子はとっさに答えていた。
自分でもよくわからなかったのだけど、そう答えていた。

電話を切って、優子は笑ってしまっている自分に気がついた。

すっかり忘れていたのに。

見つかったって、あの自転車。
よく見つかったよね。
っていうか・・・、盗んだ人、大事に乗ってくれてたってこと?

そこまで乗ってくれてありがとう。

なんか、へん。
盗まれたのに、ありがとうだなんて。

私、取りに行くって言っちゃったよ。
どうするつもりなんだろ?

ふふふふふ。
変、変、変。
変だけど、なんかうれしい。笑っちゃうな。




次の日曜日。
優子は、電車に乗って見知らぬその町へ出かけた。

ふと思う。
大人になった、と。

あの頃は、自分の身の回りことで精一杯だった。
知らない町へひとりで行くなんて、夢のような話だった。

今は、ひとりでどこへでも行ける。
行こうと思えば
自分で働いたお金を使って、こうして行ける。
大人って、いい。
自分の好きなことを自由に選んでやれるのだから。

窓の向こうの景色が流れるように
さまざまな思いが優子の頭の中をかけめぐり

気がつけば、その町へ電車は滑り込んでいた。


ちょっと懐かしい感じの古い町。
自転車を預かってくれている交番の看板も手書き。

「あの・・・先日お電話いただいた。」
駐在さんは、ふっと顔を上げて、笑顔で答えた。
「ああ、自転車の。よく取りに来なさったね。
12年も前だって? こんなこともあるもんだね。
あんた、わざわざこれをひきとってどうするつもりな?」

駐在さんの目の先に、自転車があった。
ぼろぼろだったけど
まぎれもなく優子の自転車だった。直感が言う。間違いない。

・・・この自転車はあの頃の私の足だもの。

「決めてないですけど・・・あ、ありがとうございました。」
駐在さんは どこまでも優しかった。

「困ったら、またここへ持ってきてかまいませんよ。」


幸いなことに自転車の鍵はさしたままだった。
優子は自転車を押しながら歩いた。
前輪のフレームに優子の「優」の字だけがかすかに読みとれる。
防犯登録のナンバーもかろうじてわかる。だから見つかったんだ。
自転車は駅前の駐輪場に1ヶ月ほど前から置きっぱなしになっていたそうだ。
誰かがずっと、あれからずっと、乗っていたというわけか。

ただただ押して歩いた。
乗るには気の毒。
すっかりよぼよぼのおじいさんのようなんだもの。
・・・なんでおじいさん?ふふふ。

押して歩いているうちに
並んで歩いているような気分になって
気がつけば、風そよぐ河原にたどり着いていた。

自転車をとめて、土手に腰かける。
「どうしよっかな・・・。」
ぼんやり考える優子のわきを風がふわっと駆け抜けた。


「ありがとう。会いに来てくれて。」
声がする方に顔を向けると
自転車のライトがこっちを見ていた。

ハンドルをちょっと右に傾けて
優子を優しく見守るように。


「ありがとう。」
はにかんだ男の子のようなくぐもった声。

「ううん。会えたね。会えるなんて・・・ね。」

優子と自転車の会話は急に弾んだ。
懐かしい友達に久しぶりに会ったみたいに。
自転車と話をするなんてことは、はじめてだったけれど。

「あの日、何があったの?」
「こっちもびっくりでした。乗ったのが優子さんじゃなく、中年の男でしたから。
すごい勢いでこぐんです。
びゅんびゅんびゅんびゅん、どこへ行くのかと思いました。」

「そう。大変だったのね・・・。」
「ほら、優子さん、鍵かけなかったから。」
「ごめん。」

「一晩明けてもこぎつづけ、さらにあちらこちら。
ようやく男はこの町にたどり着き、とても古いアパートに落ち着きました。」
「ふぅん。何をしていた人だったんだろうね?」
「そこまでは・・・。だけど、いつも淋しい目をしていましたね。
実際淋しかったのでしょうか?ひとりのようでしたし。
いつもだまって乗って駅に向かうんです。」

「なんか、かわいそうな人だね。その人どうしたの?」
「それからずっと、毎日同じ。あの日もそう。いつものように駐輪場にとめて。
ああ、そうだ。その日は鍵も抜かず、サドルを軽くぽんぽんって叩いて、それっきり。」
「お別れのつもりだったのかな?」
「待っても待っても帰ってきませんでした。」
「待っていたんだ。」
「乗る人がいないと、動けないですから。」
「あ、まぁね。」

「駐輪場のおじさんは、申し訳なさそうに札をつけるんです。」
「札?」
「1日100円ですから。駐輪場。延長料金の請求です。」
「そうだよね。」
「で、放置自転車の回収車というのが来て、ようやく身元判明。優子さんに会えました。」
「奇跡だよ。12年だもの。」
「え?12年も?そんなに?どうりで優子さん、大人のお姉さんになったような。」
「ムムッ遅いよ、言うの。」
「あの頃の優子さん、腹が立つと大声で叫びながらがむしゃらにこいだり、時に蹴ったり。」
「ははは。」
「なかなか激しい女の子だと感心してました。楽しかったですよ。」
「ははは。ありがとう。」

「思うに、あなたはまんざら悪い思いをしたわけではなかったのね、自転車君。」
「そのようです。その男は悪いことをしたわけだけど、まんざら悪い人ではなかったような。」
「それなら、よかった。うん。よかったよ。」

そろそろ夕暮れが近づいていた。
優子は少しあせっていた。迷っているのだ。
心の中で、どうしようかと考えあぐねていることについて。

「優子さん、私のことをどうしようか迷っていますね。」
「うん。」
「もう私はこれ以上は動けません。こんなにおいぼれです。
どうぞ、処分してください。」

優子にもわかっていた。
連れて帰ることはできない。できそうもない。
でも・・・。

「ねぇ、この近くに自転車屋さんは ある?」
「ありますよ。」
「そこへ行こう。あなたの部品、まだ使えるところがあるかもしれないじゃない?」
「リサイクルってやつですね! 思いつかなかった。優子さん、ありがとう。」

優子は自転車を押して自転車屋へ向かった。
「この自転車、こんなにボロボロだけどまだ使えるところがあると思うんです。
だから、だから引き取っていただけたらって思うんですけど・・・。」

自転車屋のおじさんは、頑固そうな目で自転車を見つめ
「お姉さん、あんたの自転車かね?」
と聞いてきた。
「はい。でも昔盗まれて、実は12年ぶりに見つかったんです。」

驚いたのだろう。おじさんの目がふぅっと和らいだ。
「ほぉ。なるほど。盗んだヤツもどうも大事に乗っていたと見える。」

「この自転車はハンドルを磨いて、チェーンを替えて、
色もきれいに塗り直せばまだまだいける。預かるよ。
そして、わしが責任持って大事に乗ってくれる人を見つけてやるさね。」

「ありがとうございます!」
優子はとびあがらんばかりにうれしかった。
自転車も同じ気持ちであることがひしひし伝わってきた。

「あの・・・この自転車の鍵なんですけど。」
「ああ?」

「もらってもいいですか?」

「あんたのもんさ。持っておいき。」

優子は自転車の鍵を抜き、自転車に小声でささやいた。
「今度はちゃんと抜いたからね。この鍵、私、大事に持ってるね。」

伝わってきた。自転車が身体をうち震わせているのが。

「おじさん、よろしくお願いします。さようなら。」

自転車はライトを優子の方に向けてたたずんでいた。
いつまでもいつまでも、優子の姿を見守るように、別れを決意するように。


帰り際、優子は交番に寄ることも忘れなかった。
「お世話になりました。」
駐在さんも
「わざわざご苦労さんでしたな。どうぞお気をつけて。」
心が爽やかになるほど、気持ちよく声をかけてくれた。


鍵は
自転車の鍵は
そっとそっと
優子のポケットの中。

電車の中で
ずっとずっと
優子の手のひらの中。

あたたかかった。
忘れた頃にやってきたものは
妙にあたたかいものだなぁと、物思いにふけつつ窓の外を見ると
どこかの子供がシャボン玉を吹いている。

12年前の出来事も、きれいなシャボン玉になって飛んでったみたい。



車窓からシャボン玉をながめていると、
なんだかシャボン玉が手を振っているような気がしてきて



優子はくすりと笑った。



*おしまい*
©tukkin 2004.4





*gajyu2*NamiNe

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